いつか実る者たちの物語

君の知らない物語をここに

第一話 あなたがいなくなった日

【4月7日】

 数年前のこの日から、わたしは一度もこの世界で太陽と月を見ていない。あなたたちを殺した化け物が、この世界の空を影で覆い尽くしてしまったから。だから皆、人工の光で暮らしている。でも、皆不満そうだ。あなたたちの光を求めていたわたしのように。

 あなたは言っていた。今日のような日は、始まりの門出にふさわしい日だって。イッシュという地方ではこの日辺りは桜が咲いていて、春という季節もあるらしい。その桜というのも、今はもう全部枯れていて見れないけど。

 待ってて、いつかわたしが世界を元通りにしてみせるから。

 もう少しだけ、待ってて。

 

  ***

 

 曇天で太陽や月の光を通さない空。ガラスが砕けて外装も内装も朽ち始めているビル。ヒビ割れた道路。まるで震災でも起きたかのようにこの街は荒廃していた。地震や洪水、果ては核戦争でも起きたのか。そうだったら、まだ再建の余地はあっただろうに。違うのは、道路や街に【化け物】が巣食っているくらいか。

「いやだ……助けてくれ」

 それなのに、外に出ていた男は寂れたヒウンシティの路地裏で、化け物に追い詰められている。通常なら、人は化け物を恐れて決して建物から出ることはしない。それなのに外に出ているということは、底をつきてしまった食料を求めたものの、途中で化け物に襲われて今に至るという感じだろう。

 男に向かってくる化け物は、光に照らされて出来た影のような見た目をしていた。それは人型から狼の形まであり、この化け物【シャドウ】は仲間を欲して男に迫っていった。男は逃げようとしても逃げられず、これから自身の身に起こる未来を想像して絶望する。

 影に傷を負わされ、そこから侵食され、己も影になってしまうと。

 

 バシュッ____!

 

 影が男に黒い腕を勢いよく伸ばし始める。男は恐ろしさで目を瞑っていると、目の前に黒い髪をした少女が現れた。少女は腰の鞘から黒い刃の双剣を取り出すと、影たちの腕を切り刻む。男が何も起きないことに不審に思って瞼を開くと、少女がいたことに男は驚いた。

「え……君は、確かネクロズマ?」

「……邪魔。早く逃げて」

 男は自身を助けてくれた少女を、ネクロズマと呼ぶ。実を言うと、少女はポケモンでそれも秘匿の獣という地方を守護する立ち位置の上位存在だった。そんな彼女にお礼を言いかけた男だったが、少女は冷たく突き放す。それに男はあの、逃げられないんですがと少女に言ってきた。

 その呟きを無視して、少女は双剣を構え、自身の耳に取り付けられたインカムから聞こえる音声を聞いていた。

『カイウス、どうかしました?』

「ううん、なんでもない」

 オペレーターらしき女性の口からカイウス、と呼ばれた少女は影に向けて呟く。

『Condition,OK.Light.OK.』

 

「カイウス・セイクリッドスター・トライアグル、行きます」

 

 任務開始、の合図をしたカイウスは、一目散に敵である影へ向かって走り出した。影はこちらに向かってくるカイウスを新たな獲物だと認識したのか、数十本もの黒い腕を勢いよく伸ばしてくる。しかしそれは彼女の二つの剣による剣捌きによって腕がカイウスの体を掠ることなく、体を二つに分けるように斬られて浄化される。

 本来影は、この世界の優れた技術やポケモンの力を使ったとしても倒すことは出来ない。もし倒すことが出来るとしたら、それは光を影に当て続けることだった。それをカイウスは、光を剣に込めることで影を斬り裂いている。

 さらに光を生み出しているのは____カイウスの口から発せられる歌声だった。

 カイウスの歌は戦いの中でも途切れることはなく、凛とした歌声で剣に光を伝え、この荒廃した世界に音を響かせていた。

『カイウス、エリアG付近にシャドウオーブの反応がありますわ。速やかな駆除をお願いします』

「了解、ヒウンシティの広場に行きます」

 彼女のオペレーターを担当している秘匿の獣、「テラパゴス」の女性レアリサーラの指示に従ってカイウスはヒウンシティの広場を指しているエリアGへと向かう。影ばかりの通路を走り抜け、カイウスはエリアGへと足を踏み入れる。広場は自販機が倒れており、花壇もほとんどの花が枯れてしまっている。この広場のメインスポットであるはずの噴水も、今や曇天の空に向けて円錐型に尖った塔のような黒い物体に覆い隠されてしまっていた。その上には例のシャドウオーブが紫色のオーラを纏っており、水晶から次々に影を生み出していた。

「あった……でも、おかしい」

『どうされました?』

「こんな簡単にシャドーオーブに辿り着けるわけがない。何かある」

『調べてみますわ』

 シャドーオーブの元まで足を踏み入れるカイウスだったが、周りの様子を見て訝しんでいた。彼女の経験上、シャドーオーブの周りには大量の影が生み出されているはずなのだ。それが今は影が生み出されている様子もなく、その場に漂っていた。レアリサーラも同じように思っていたのか、キーボードを操作する音が耳に静かに響く。

『_____カイウス!!』

 自分の名前を呼ぶレアリサーラの叫びと同時に、左の方向から気配を感じてカイウスは目線を滑らせる。目前にあったのは黒いエネルギー。己の危機を感じて、カイウスは背中に精神を集中させる。やがて生えてきたのは少女の胴体程度の太さを持った黒い6本の触手で、それによってカイウスの身を包む。攻撃は、一瞬のうちに終わった。カイウスが触手を広げると、眼の前には巨大な蜘蛛が立っており、顔は見えないが明らかに狼狽えていた。おそらく、カイウスが倒れていないことに。

六脚影シャドウスパイダー……』

 カイウスの前にいる蜘蛛を見て、レアリサーラは呟く。

「危なかった。レアリサーラ、この影の情報を教えて」

『わかりましたわ、この影は六脚影。蜘蛛型で、人型の影のリーダー的な立ち位置の影ですわ。くれぐれも糸に捕まらないようにしてくださいまし』

 彼女の声で目の前の蜘蛛が敵であるとカイウスは認識する。双剣を構え、目の前の敵へと距離を詰める。六脚影がレアリサーラが警戒していた黒い糸を吐き出したが、一定の量と速さで吐き出すため、避けるのは容易かった。

「……今度はこっちの番」

 六脚影の目前まで走ったカイウスは、獲物に目を光らせながら二つの剣で影に傷をいれる。しかし外殻が硬いのか、カイウスが入れた傷は数センチの切り傷程度のものとなる。その直後に六脚影が足を振ったため、後ろに地面を蹴って距離を取る。

 そう簡単には斬れない。内部から攻撃しなくては。カイウスは冷静に六脚影の特徴を分析する。単体を対象に光で浄化するフォトンゲイザーで倒すのもありだろう。と考えていたときだった。

 突然地面が揺れ始めた。まるで男の慟哭のような揺れに足を滑らしてよろけながら、カイウスは辺りを見渡す。目に見えたのは、空まで届きそうな大きさの人型の巨人で、朽ちたビル街の隙間を歩いている。巨人の体は黒く、おそらく巨人型の影は、何かを探すように嗚咽を漏らしている。それを見て、カイウスは目を鋭くしてそれを睨みつける。

「____影の、王」

 強く、双剣を持つ手を握る。

 しかし影相手に隙を見せてしまったのがいけなかった。六脚影が吐き出した黒い糸に、カイウスは上半身を腕まとめて拘束されてしまう。

「しまった」

 攻撃もできず、黒い糸が六脚影の口と繋がっていて逃げることもできないこの状況に、カイウスは棒読みにも近い声で言葉を漏らす。しかし足を踏ん張らせて六脚影の方に引っ張られる体を制御しようとしているため、その本心は焦っていた。

『カイウス、大丈夫ですの!?』

「問題ないよ、これくらい」

 レアリサーラの危機に迫っているカイウスを心配する声が聞こえる。先ほど【影の王】と呼ばれた巨人型の影が現れたことで焦っているのだろうと察したカイウスは、そんな彼女を窘めるように右足を踏ん張らせる。

 よし、とカイウスは口を開く。すると小さな口から発せられたのは耳が劈くほどの大声だった。かつてハイパーボイスとも呼ばれたその技で、六脚影は糸を緩ませる。

「今____」

 糸が緩んだ瞬間を見逃さず、カイウスは右手の剣で糸を切り裂くと軸足の左足を踏みしめる。

 そして腕を振りかぶって右手の剣を、六脚影の口の中へと飛ばす。

 剣は六脚影の口から体内を突き刺し、やはり中は柔らかいと見抜いたカイウスはすぐさま、歌を発して剣に光を込めらせる。歌によって剣が光りだすと、六脚影の周りが一瞬にして光に包まれる。光が時間経過で消えていくと、その場には剣が取り残されており、六脚影が浄化された形跡だけがあった。

『やりましたわ! さぁ早くシャドウオーブを破壊いたしましょう!』

「わかった」

 レーダー上でカイウスが六脚影を浄化したのを確認したらしく、レアリサーラがインカムの向こうで喜びで満ち溢れた声を発した。今はシャドウオーブの破壊が最優先だと、カイウスは剣を拾いながら聞くことはしなかったが。

 改めて、空高くそびえ立っている塔の上に顕在するシャドウオーブの前に立つカイウス。その水晶に目掛けてカイウスが剣を投げると、刃はシャドウオーブの中まで突き刺さった。すると、シャドウオーブは反応を見せ、塔と共に破壊される。その破片がインクのように周りに飛び散っていたが、すぐに消滅していった。

「……よし」

『任務完了ですわカイウス、お疲れ様。影の王のことも気になりますが、今は帰還いたしましょう』

「ううん、そうもいかないみたい」

 シャドウオーブが飛散した際に落ちた剣をカイウスが拾っていると、レアリサーラが声をかけてきた。しかし影の王の様子に気づいたカイウスが冷静に答えたのを聞いて、レアリサーラはどういうことですの? と疑問に思っていた。

「影の王がまた、『泣いている』」

 ビルの隙間から見える影の王が顔を両手で覆い隠しながら蹲っているのを見て、カイウスは剣を地面に突き刺す。

 その直後に訪れたのは、劈くような衝撃波だった。竜巻の付近に立っているような強風がヒウンシティを襲い、カイウスは腕で顔付近を守りながら影の王を見る。その間に、この街全体に黒い泥のようなものが地面から浮かび上がり、それは次第に人型や蜘蛛型の影へと姿を成していた。

「………………」

 強風が止んで周囲を見ると、カイウスは無言になる。街の人混みかと誤解してしまうほどの影が、数千人規模でカイウスの周りにいたからだ。

『カイウス! 逃げれます!?』

 影の王が泣いたことに、レアリサーラはインカムの向こうで驚いていた。彼女はカイウスにその場から逃げるように指示するも、カイウスは空を見上げて残念そうに言う。

「だめ、空にも影が大量に湧いてる」

 頭上には、鷹型の影が大量にカイウスの真上を飛行している。倒しながら逃げられないほどではないが、大量の影に襲われながらの帰還のため、帰還できたとしても体のどこかしらが影に侵食されてしまっているだろう。

 こうなればプリズムレーザーで辺りを消し飛ばしながら逃げるしかない、とカイウスは剣に力を込めたその時だ。

ダイマックスほうッッ!!』

 赤と黒のエネルギー砲が、後ろからカイウスの横を通り抜ける。カイウスの前にいた大量の影はその大半が吹き飛ばされており、浄化されて道が出来ていた。

「カイウス、こっち!」

 そのエネルギー砲を出した人物の正体に気づいていたカイウスだったが、後ろからピンク色のメッシュが入った紺色の髪をした少年が現れ、腕を引っ張られながら影のいない道路を走っていった。

「ゼロ、助けてくれたんだ」

 その後を影が追ってきたものの、二人は路地裏に隠れていたため影の集団をやり過ごすことができた。狭い路地裏でカイウスは少年をゼロと呼び、改めて礼を言う。ゼロは、かつてガラルにブラックナイトという多くのヒトを犠牲にした厄災を引き起こした「ムゲンダイナ」そのものであり、カイウスと仲が良かった。

『ゼロ、貴方も無事でしたのね。一時はどうなることかと思いましたわ』

「レアリサーラ様、とりあえずぼくとカイウスは拠点ホームに戻るよ。皆にもそう伝えて」

 ゼロがカイウスと同じインカムを通して、レアリサーラに帰還することを伝える。レアリサーラが二人の帰還に合わせて拠点のセキュリティを解除する音が聞こえる中、ゼロは歩きだしていた。

「さ、帰ろう。皆待ってるよ」

「うん」

 

 ***

 

 拠点ホームがあるパルデアの大穴は、かつてレアリサーラに聞いたところ本来は関係者以外立ち入り禁止の禁域だったそうだ。なんでも、Aとある博士が作ったタイムマシンに未来と過去の世界から来たポケモンが、そこらをうようよしているからだとか。けど、そのパラドックスポケモンは今は一人もいない。あの日から。

 エレベーターを降りるとそこには結晶で出来た大きな棟や道が作られており、人間が見たら異世界の建物だろうかと思ってしまうだろう。と、カイウスはかつてここが結晶で埋め尽くされていた時期を思い出しながら歩く。

「おかえりなさい。ゼロ、カイウス」

 エントランスらしき広い道に出ると、レアリサーラの声がした。しかし、その声の先にあるのはタブレットで、実際のレアリサーラは液晶の中にいる。

「申し訳ありませんカイウス、まさか影の王がまた泣くとは思わず、ちゃんとした指示ができませんでしたわ」

 液晶の中で、ダイヤモンドの目が閉じて青く長い髪が揺れる。

「……いいよ、わたしもこんな短期間に泣くとは思わなかったから」

 カイウスは、あなたは悪くないと言わんばかりにタブレット越しにレアリサーラを撫でる。

「でも、これまでは影の王が泣き始めるには一ヶ月から数ヶ月のブランクがあったはずだよ」

「それも、既にジュジェデウさんたちがそのことで会議中ですわ。いつもの会議棟にいると思いますわ」

 ゼロが今回の任務で疑問に感じたことを述べると、レアリサーラが答える。液晶にはこの街のタウンマップが表示されており、例の会議棟がある場所を赤いポイントで示している。

「それと、ギルティニタスさんは……少し部屋で休んでますわ。ギルティニタスさん曰く、少し一人にしてほしいとかで」

「……そっか」

 カイウスは、ギルティニタスがいる棟へ目線を向ける。彼のことだ、まだ心の整理ができていないのだろうとカイウスは察する。 

「わかった、とりあえず任務を終えたことを皆に報告してくるね」

「わかりましたわ、ゼロ」

 ゼロが慣れた足取りで会議棟がある場所まで走っていく。それにカイウスは後からタブレットと共についていく。

 会議棟のドアが自動で開かれると、エントランスと思しき広い廊下の通路の先に二つの部屋がある。そのうちの使用中と書かれているドアにゼロがノックすると、中から返事が届く。

「ただいま、みんな」

 ドアを開くと、向かって正面には点滴をつけて車椅子に座った黒いマントを羽織ったジガルデの青年ジュジェデウと、右には脚まで届く緑の髪をしたレックウザの青年クウガ、左には先ほどの二人よりも年上の灰色の肌をしたキュレムの中年グラドゥスが椅子に座っていた。車椅子の少年の後ろにはホワイトボードがあり、文字と図式、そして赤と青のラインがボードいっぱいに書かれている。

「おっ、帰ってきたかゼロ、カイウス」

 するとクウガが立ち上がり、任務から帰ってきたゼロとカイウスの頭両方を撫で始める。しかしカイウスは頭に置かれる手を振りほどくと、まっすぐ車椅子に座っているジュジェデウの方へと歩く。

「ジュジェデウ、シャドーオーブの破壊に成功したよ。それと、一週間前に泣いたはずの影の王が、今回の任務中にまた泣いていた。影に囲まれたけど、ゼロに助けられた」

「そうか……」

 簡潔ながらに、この七人の軍師であるジュジェデウに報告を重ねるカイウス。それを、ジュジェデウは小さく頷きながら聞いていた。

「影の侵食は、平気?」

 報告が済むと、カイウスはすぐにジュジェデウの体調を心配する。

 影は人間や獣に怪我を負わせると、そこから黒いオーラを体に「侵食」させ、侵食が終わると同じ影にしてしまう性質を持っていた。カイウスが点滴を打っている左腕に目線を向けると、指から手首までが黒く染まっているのを目にする。まだ侵食は全身には回っていないようだ。

「あぁ、問題ない。光を溜め込んだこの点滴が侵食を抑えている。それにしても、いつも慣れんな」

 前髪についた髪を右手で払うジュジェデウ。その右手も、黒く染まっている。

「アローラから二度も光を奪った魔神である貴公にそうやって心配されるというのも」

「……それは、もう昔のこと。今はこれからのことを考えるべき」

 魔神、という言葉にカイウスは昔のことを思い出しつつも、今は考えている暇はないと頭を横に振る。

「話を戻す。明らかに影の王の慟哭が増えた原因を話せ」

 んんっ、とグラドゥスが咳払いもせずにカイウスとジュジェデウの空気を叩き切ると、周りを会議中の空気に戻す。それにジュジェデウはハッと目を開くと、改めて車椅子に座り直し、話を始める。カイウスとゼロも空いている椅子に座り、ジュジェデウの話を聞く。

「原因は分からぬ。ただ一つだけわかるのは世界が本格的に滅びの道に進んでいることだ。生き残っている人間やポケモンの数も少なくなっている。一刻も早く影の王を滅ぼし_____レアリサーラが管理している『テラデウス』を起動させるしかあるまい」

 すると、タブレットがホワイトボードの前に立ち、液晶にレアリサーラが映る。

「皆さんもお分かりかとは思いますが、テラデウスは【世界を再生させる機械】ですわ。再生方法は今回長くなりますのでお話しいたしませんが、その世界再生の阻害になる影の王は、一刻も早く浄化しなくてはなりませんわ」

「まぁ、このように現状のテラデウスは、現在レアリサーラが発動したテラスタルによってなんとか世界再生を起動できるまでになっている。後は、影の王を滅ぼすだけだ。今後の任務は、その影の王を滅ぼせる方法を模索する方向になるとは思う。皆、心して任務に当たるように」

 ジュジェデウが今後の任務の内容についてを話し終えると、タブレットは元の位置に戻った。

「カイウス、これからも頑張ろうね」

「……うん」

 隣にいたゼロが激励を送るのに対して、カイウスは頷いた。

「……あんまこういう話はしたくねぇんだが、影の王は元々お前さんの魔神だっただろ? そこから何かわかんねぇのか?」

 その時、クウガが恐る恐るジュジェデウに聞いていた。クウガのいう元々はジュジェデウの魔神という言葉に、ゼロはどういうこと? と疑問に思っていたが、カイウスは知っていた。

「……メティンプシか」

 メティンプシ、それはかつてこの世界の創造神アルセウスの青年であるアクオレシンに仕えていた円環の神であり、かつてジュジェデウの先輩だったフーパというポケモンだ。だが彼は心からの死を望んでおり、それが原因で世界を破滅に追い込んだことがある。そのことから魔神と認定され、力を戒められた少年の形でジュジェデウの元にいたのだ。

 それまではよかった。

「奴はただ世界もろとも死ぬことしか考えていない化け物だ。アクオレシン様を飲み込み、影を使って多くの人間やポケモン、そして、言伝の獣……貴公らの大事な人達を殺した」

 メティンプシは突如として戒められていた力を解放し、先ほどジュジェデウが言ったようにアクオレシンを飲み込み、多くの人々を殺した。その中にはもちろんカイウスの大事な人も入っていた。

「………アルディエス、ポラリティス」

 カイウスは思い出す。影の王の力を弱めようと戦い、自分の目の前で死亡した二人のことを。

「影の王の慟哭が増えた理由も、おそらく死期を早めさせたいだけのことだろう。あまり深く考えるな、クウガ

「……まぁ、今は影の王を倒すことだけを考えるしかねぇか」

 クウガは悪いな、とジュジェデウに謝罪していた。

「影の王は、わたしが倒す」

 彼女たちのことを思い出したカイウスは、怒りを込めて思う。

「カイウス?」

 ゼロの一言で思わず口に出していたことにカイウスは気づく。

「カイウス、そう焦るな。影の弱点が光だとわかっているが、その光を影の王にぶつけ、浄化する方法を見つけるまでは迂闊な行動は控えるように」

「うん。だから、倒せる方法を探してみる

 先に行くね、とカイウスは一言言うと、会議室を退室する。

 道を歩いていると、彼女たちアルディエスとポラリティスのことが頭に浮かぶ。なぜ彼女たちが死ななければならなかったのだと。